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中国がAI研究者の海外渡航を制限|DeepSeek・アリババ民間企業に拡大、日本への影響は

「AIの研究者を、国家の財産として扱い始めた」。Decrypt誌が香港Web3協会の法律家Joshua Chuの言葉を引いたのは2026年5月26日のことだ(出典)。同日、Bloombergがアリババとも呼ばれるアリババ・グループとDeepSeekを含む中国民間AI企業の研究者・幹部に対し、海外渡航前に政府の承認を義務付ける制度を正式に拡大したと報道した(出典)。

これまで渡航制限は共産党員・国有企業幹部に適用される話だった。民間企業の研究者が「かつて核科学者に適用されていた制限と同等の扱い」を受ける時代になったとTechCrunchは伝える(出典)。Invezz誌は「制限が研究者のキャリアを阻害すると感じられれば、より自由な環境を求める離職の動きが起きうる」と指摘した(出典)。

この記事はこんな人におすすめ
  • DeepSeekをビジネスで使う、または評価中のエンジニア・情報システム担当者
  • 米中AI競争の現状を技術的・地政学的な両面から把握したいビジネスパーソン
  • 中国産AIのリスクと可能性を整理したいAI戦略担当者

「指導」から「強制」へ:2026年5月の転換点

中国が自国のAI研究者を国内に留めようとする動きは、一夜にして始まったわけではない。段階的な締め付けの経緯を追うと、今回の措置がいかに大きな転換点かが分かる。

時期内容
2025年3月当局が著名なAI創業者・研究者に対し「米国への渡航を避けるよう」非公式に指導(強制ではない)
2025年3月DeepSeekの親会社High-Flyerが一部R&D社員のパスポートを保管開始(民間初)
2025年12月DeepSeek幹部への正式な渡航制限が適用と報道
2026年3月AIエージェントのスタートアップ「Manus」共同創業者2名に出国禁止令
2026年5月26日アリババ・DeepSeekなど民間AI全社に政府の事前承認義務を正式に拡大

(出典: Bloomberg, May 26, 2026)

承認取得の実態は厳しい。対象者は渡航前に国家発展改革委員会(NDRC)などの当局に詳細な訪問先・目的・資金源を申告し、国内の「保証人」を指定する必要がある。High-Flyerはパスポート自体を保管しているため、そもそも物理的に出国できない社員も存在する(出典)。

重要なのは「渡航先が米国かどうかは問わない」点だ。2025年3月時点の指導は米国向けのみが対象だったが、今回の拡大は「どの国への渡航であっても」事前承認が必要という内容に変わった。

なぜ今、民間企業が対象になったのか:Manus買収阻止の衝撃

制度拡大の直接的な引き金は、2026年3月に起きたManusをめぐる一件とみられている。

Manusは中国発のAIエージェント・スタートアップだ。Metaが2025年12月に20億ドル(約3,000億円)での買収を発表したが、NDRCが国家安全保障審査を開始。2026年3月、Manusの共同創業者CEO蕭紅氏と最高科学責任者の紀一超氏に出国禁止令が下りた。4月27日にはNDRCが買収そのものを正式に阻止し、契約の解消を命じた(出典)。

これはAI分野で中国政府が国際的な企業買収を完全に阻止した初めての事例とされる。Newsweekは「中国政府はあらゆる中国AI企業の創業者と技術者が、たとえ会社が民間企業であっても、北京の意向次第でその自由を失うことを世界に示した」と評した(出典)。

Manus事件は「個別の話」ではなく「方針の確立」を意味した。DZT Research(シンガポール)のアナリストはこう述べた。「出国禁止令のメッセージは明確だ。中国で創業した企業で事業を続ける限り、そのAI企業とその人材は北京の管轄下にある」。

スタンフォードAIインデックスが示す「2.7%の差」という現実

北京がここまでして人材を囲い込もうとする理由は、数字に表れている。

スタンフォードHAIが2026年4月に発表した「2026 AI Index Report」(出典)によると、AIモデルの総合性能を競うランキング「Chatbot Arena Eloスコア」でAnthropicのClaude Opus 4.6は1,503点、中国最高峰のByteDanceモデルDola-Seed-2.0-Previewは1,464点。差はわずか**2.7%**だ。2023年時点は17〜31ポイントの差があり、事実上「追いつけない差」とされていた。

「米中は2025年初頭から複数回にわたってトップを入れ替えており、現在の2.7%のリードは次のリリースで簡単に逆転しうる」。The Next Web(出典

この数字に驚くべき逆説がある。米国の民間AI投資は2,859億ドル、中国は124億ドル。23倍の差がある(出典: 同報告書)。にもかかわらず性能差は2.7%しかない。中国は特許出願数では世界の69.7%、AI論文シェアでは23.2%を占める(出典: 同報告書)。

一方で中国が抱える構造的な弱点も同報告書は指摘する。米国のAIデータセンター数は5,427か所で競合国の10倍以上(出典: 同報告書)。高度なGPUはエクスポートコントロールの対象で、DeepSeekはNvidiaのH20チップ(H100比で大幅に性能が低い)での開発を余儀なくされている。DeepSeek V4-Proが性能でClaude Opus 4.8に届いていない理由はここにある。

日本企業にとっての現実:認知率10.6%、利用率1.3%のギャップ

今回の渡航制限は、日本企業がDeepSeekをどう扱うかという判断にも影響を与える。

INTAGE調査(2025年5月)によると、日本のDeepSeek認知率は10.6%でChatGPT・Gemini・Copilotに次ぐ4位。しかし実際の利用率はわずか**1.3%**だ(出典)。認知はしているが、使わない。この「認知-利用ギャップ」はDeepSeek特有の現象だ。

理由は明確だ。デジタル庁は2025年2月6日に全省庁にDeepSeek使用の注意を通知した(出典)。トヨタは同月全社禁止、SoftBankと三菱重工も社員の利用要請を拒否した。背景には、個人情報保護法(PIPA)が中国国内で処理されるデータに対して執行力を持ちにくいという制度上の穴がある。日経アジアが2025年2月に指摘したこの構造的問題は、2026年5月時点でも解消されていない(出典)。

ただし、今回の渡航制限が「オープンソースDeepSeek」の安全性を直接変えるわけではない。 DeepSeek V4はMITライセンスのオープンウェイト(モデルの重みを一般公開する方式)モデルだ。自社サーバーにデプロイすれば中国サーバーへのデータ送信は発生しない。DeepSeek V4のアーキテクチャと実力の詳細はこちらを参照されたい。

光と影:制限がAI研究の進化に与える二つの顔

渡航制限はAI競争にとって「両刃」だ。

光の側面:中国AIの継続性

DeepSeek V4の開発チームはもとから主に中国国内で活動していた。Liang Wenfeng(梁文鋒)氏は2026年2月のパリAIサミットへの招待を断っており(出典)、海外との物理的な交流がすでに限定的だったことを示す。渡航制限が直ちにDeepSeekの開発速度を落とすとは言い切れない。

また、DeepSeek自身は制限の公表後も「最新モデルの公開方針に変更はない」という姿勢を示している。オープンウェイトの公開が止まらない限り、世界のAI開発者はDeepSeekの成果物にアクセスし続けられる。

影の側面:断絶するAIエコシステム

問題は長期的な知識交流だ。2026年3月、世界最高峰のAI学術会議NeurIPSが、米国の制裁対象である中国企業(Huaweiなど)からの論文投稿を一時禁止した。中国の学術団体はボイコットを宣言し、NeurIPSは24時間以内に撤回した(出典)。この一件は「AIの学術的共有が政治に侵食されかけた」瞬間として記録されている。

渡航制限が加わることで、中国の研究者が国際会議に直接参加しにくくなる。Brookings Institutionは「歴史的に科学の発展を支えた人材の自由な流動が、米中双方の政策によって同時に制限されつつある」と警告する(出典)。

スタンフォードAIインデックス2026の全体像はこちらで詳しく解説している。

Info

渡航制限の実務的な確認ポイント(日本企業向け)

  • DeepSeek APIクラウド版:中国サーバーにデータが送られる。機密情報の送信は避けること
  • DeepSeek V4オープンウェイト(MIT):自社サーバーで運用すれば中国送信なし
  • Anthropicの蒸留攻撃対策:DeepSeekがClaude等の出力を無断学習するリスクについてはこちらを参照
  • 調達・契約先の判断:渡航制限は中国AI企業の長期安定性リスクとして評価に含めることを推奨

AIの地政学リスクをビジネス判断に織り込むには、米中AI競争の現状把握が不可欠だ。スタンフォードAIインデックス2026の詳細解説では、投資・性能・人材の全指標をまとめている。

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本記事は公開情報に基づく解説記事です。中国のAI規制・渡航制限の詳細は今後変更される可能性があります。ビジネス上の意思決定には必ず最新の公式情報および専門家の助言を確認してください。

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