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Goldman Sachs香港でClaude遮断|ChatGPT継続・Anthropicの地理制限を解説

この記事はこんな人におすすめ
  • AnthropicのAPIやClaudeをエンタープライズ契約で利用している企業のIT担当者
  • 香港・中国・アジア拠点を持つ多国籍企業のAI調達担当者
  • Anthropicの地理的制限ポリシーと企業AI規制の背景を知りたい方
  • 米中AI摩擦が企業のAIツール選定に与える影響を追いかけている方

「数週間前まで問題なく使えていたのに、ある日突然 Claude が消えていた」。

Financial Times が2026年4月28日に初報し、翌29日には Bloomberg と Reuters も追随報道したゴールドマン・サックス香港の事例は、企業の AI ツール選定が地政学リスクと直結する時代を象徴する出来事だ。

何が起きたか:突然のアクセス遮断

ゴールドマン・サックスの香港オフィスに勤務する行員は、数週間にわたって Anthropic の Claude モデルへのアクセスを失っていた。直接 claude.ai にアクセスする方法だけでなく、銀行の社内 AI プラットフォーム経由でも Claude は使えなくなっていた。

ゴールドマンは2026年2月、最高情報責任者(CIO)のマルコ・アルジェンティが「Anthropic と協力してAIエージェントを開発している」と公言していた。それから2ヶ月も経たないうちに、香港では突然サービスが遮断された形だ。

遮断の引き金は、ゴールドマンが Anthropic との契約を厳格に解釈したことだった。Reuters の報道によると、ゴールドマンは Anthropic に相談した結果、「香港の社員はいかなる Anthropic 製品も使用できない」と判断した。

重要なのは、この遮断が中国政府の圧力によるものではない点だ。ゴールドマン内部の情報筋によれば、決定はあくまでも Anthropic との契約条項の解釈によるものとされる(出典: Bloomberg, 2026年4月29日)。Anthropic のスポークスパーソンも「Claude が香港で公式に『サポートされた』ことはない」と確認している。

一方で ChatGPT(OpenAI)と Gemini(Google)は引き続き、ゴールドマンの社内 AI プラットフォームで利用できる状態だ。同じ社内プラットフォームの中で、Claude だけが「消えた」という非対称な状況が生まれている。

なぜAnthropicは香港をサポートしないのか

Anthropic の公式サポート国・地域リスト(Supported countries and regions)には、香港・中国本土・マカオのいずれも掲載されていない。Anthropic の広報担当者はメディアに対し、「Claude が香港で正式に『サポートされた』ことはない」と確認している。

この判断の背景には2つの構造的要因がある。

**第一に、2020年施行の香港国家安全法(NSL)**だ。NSL は当局によるデータ開示義務を課す可能性があり、Anthropic が香港ユーザーのデータを中国当局に強制提供させられるリスクが生じる。Anthropic はこの法的不確実性を理由に、香港を中国本土と同じリスクカテゴリに分類してきた。

第二に、2026年2月に Anthropic が発表した蒸留攻撃問題だ。蒸留攻撃(distillation attack)とは、大量のプロンプトで対象の AI モデルから能力を引き出し、その出力を自社モデルの訓練データとして使う手法のことだ。Anthropic の主張によると、DeepSeek・Moonshot AI・MiniMax の3社が2万4,000超の偽アカウントを使い、Claude との間で1,600万回以上のやり取りを実行したとされる。Claude の能力を不正に抽出して自社モデルの訓練に流用したと Anthropic は発表しており、現時点でいずれの企業も司法的に認定されたわけではない(出典: CNBC, 2026年2月24日)。

2025年9月、Anthropic はこれらの懸念を踏まえて利用規約を大幅更新した。新しい利用規約(ToS)は「非対応地域に本拠を置く企業に50%超を支配される事業体は、所在国を問わず世界規模でサービスを遮断する」という趣旨を明記した(出典: Anthropic公式, 2025年9月5日)。中国経由の子会社を通じたアクセス迂回を封鎖する意図だった。

ChatGPTとGeminiが「残った」理由

Claude だけが遮断されて ChatGPT と Gemini が継続利用できる。この非対称性は一見不思議に見えるが、各社の香港ポリシーを比較すると構図が見えてくる。

サービス香港での直接利用企業・クラウド経由
Anthropic Claude非対応(遮断)非対応(遮断)
OpenAI ChatGPT2024年7月以降、直接登録は遮断Microsoft Azure OpenAI は対応済み
Google Gemini2026年3月から段階展開Google Cloud Vertex AI は対応済み

重要なのは「クラウド経由の企業利用」だ。OpenAI は Microsoft Azure 経由での香港サービスを続けており、Goldman Sachs が使っている ChatGPT アクセスはこのルートだ。Google も Vertex AI(GCP)では香港を対応済みとしている。

一方 Anthropic は、API・claude.ai・エンタープライズ契約のいずれのルートでも香港を非対応地域として扱っている。ゴールドマンが Anthropic に確認したところ、香港スタッフへの提供は契約上許可されないと判断された。

「Anthropic だけが厳しい」というより、「Anthropic だけが香港のエンタープライズルートを封鎖している」という状況だ。OpenAI も ChatGPT のコンシューマー向けを遮断しているが、Azure 経由という「抜け道」を金融機関向けに維持している(出典: SCMP, OpenAI blocks HK/mainland direct accessdoodhk.com, AI Model Access in HK 2026)。

企業AI調達の地政学リスク:Goldman以外への波及

今回のゴールドマン・サックスのケースは、企業の AI 調達に新たな「地政学的デュー・デリジェンス」の必要性を突きつけた。

Goldman Sachs の置かれた逆説は興味深い。同社の CIO マルコ・アルジェンティは2026年2月に「Anthropic と連携して AI エージェントを開発している」と公言していた。しかし2ヶ月後、同社は香港スタッフから Claude を取り上げる羽目になった。グローバルな AI パートナーシップが、地域によっては機能しない。この矛盾は他の多国籍企業にとっても他人事ではない。

Disruption Banking の分析は、この事件の持つ意味をこう評した。「AI の金融サービスへの展開には、ほとんどの法務チームが契約締結時に十分考慮していなかった地政学的コンプライアンス層が生まれた」(出典: Disruption Banking, 2026年4月29日)。さらに「Goldman が今回の制限を実施した初の西側大手銀行となり、英国金融サービスのコンプライアンス部門も前例として記録している」と続けた。

Hacker News では2025年11月時点で、ある匿名ユーザーが「Can confirm Claude doesn’t even work in Hong Kong(ClaudeがHong Kongで機能しないことを確認できた)」と体験を書き込んでいた(出典: Hacker News, 2025年11月)。当時はサービス制限の存在を知らずに利用しようとしたユーザーが多く、今回の Goldman の事例でAnthropicの制限が改めて広く知られる形となった。

影響を受ける可能性がある企業の条件:

  • Anthropic とエンタープライズ契約を締結している
  • 香港・中国本土・マカオにオフィスを持つか、現地スタッフが在籍している
  • 2025年9月以降に見直された契約内容を確認していない

香港金融管理局(HKMA)も「主要行に対し AI サイバーセキュリティリスクの評価更新を促すため連絡を取った」と述べており、Reuters の取材でゴールドマンの動きへの直接コメントは拒否した。金融機関全体で AI ガバナンスの見直しが迫られている状況だ。

日本企業への示唆

日本はAnthropicの正式サポート国であり、日本国内での直接的な制限はない。しかし、以下の状況にある日本企業は対策が必要だ。

香港・中国本土に拠点を持つ日本企業: 現地の日本人駐在員を含め、香港拠点からの Claude 利用は制限対象になる。出張者も香港滞在中はアクセスできない点に注意が必要だ。

Anthropic API や Claude を社内ツールに組み込んでいる企業: 2025年9月のToS更新では「非対応地域企業に50%超を保有される事業体」の利用も禁じている。中国系の合弁企業や出資を受けているスタートアップは、自社の所有構造を確認する必要がある。

エンタープライズ契約の内容確認: ゴールドマンのケースが示すように、エンタープライズ契約が「対応地域のみを対象とする」条項を含む場合、自社の拠点や社員の所在地によって利用不可となる場合がある。契約書のサービス提供地域条項を確認することが急務だ。

Anthropicのサポート対象地域を確認する

Anthropic の公式ページ Supported countries and regions で最新の対応地域リストを確認できる。日本は対応地域だが、香港・中国本土・マカオ・ロシア・イランなどは非対応。エンタープライズ契約を締結している場合は、契約書の地域条項と合わせて確認すること。

まとめ:AIツール選定は「地政学デューデリ」の時代へ

ゴールドマン・サックスの香港 Claude 遮断は、単なる「ツールの利用制限」ではない。AI ツールの選定がグローバルなリスク管理の一部となり、企業の AI 調達に地政学的視点が不可欠になったことを示す象徴的な出来事だ。

光の面では、Anthropic が地政学的リスクに対して明確なポリシーを持ち、それを一貫して適用している点は評価できる。蒸留攻撃への迅速な対応(2026年2月)、利用規約更新(2025年9月)、そして今回のゴールドマンとの契約厳格解釈は、「ルールを曲げない」姿勢の表れとも解釈できる。

影の面では、多国籍企業が「使えると思っていた AI ツールが突然使えなくなる」リスクが現実化した。特に香港のような地政学的に複雑な拠点では、企業は Claude 以外のバックアップを持っておく必要がある。

OpenAI と Google が Azure や GCP 経由で香港へのエンタープライズアクセスを維持し続ける限り、Anthropic はアジアの金融センターで相対的に不利な立場に置かれる。それが Anthropic の安全性ポリシーの結果だとしても、企業の実務担当者にとっては「使えないツール」という現実は変わらない。

Anthropicの全体像を理解する

香港遮断の背景にあるAnthropicの安全ポリシー・企業方針・APIの使い方まで、包括的に解説しています。

Anthropic完全ガイドを読む

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本記事は公開情報(Bloomberg、Reuters、Financial Times、Disruption Banking、CNBC、SCMP、doodhk.com 等)をもとに作成しています。Anthropic および Goldman Sachs の公式見解は各社発表を参照してください。記事内の情報は執筆時点(2026年5月1日)のものであり、各社のポリシーは随時変更される場合があります。

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