RAISE US:AIが奪う仕事をAI企業5億ドルの再訓練で取り戻せるか
「AIが私の仕事を年間$1,000以下のコストで置き換えた。今はバーテンダーとスクールバスの運転手を掛け持ちして食いつないでいる」。元新聞編集者がRedditにそう書いたのは2025年秋だ(BuzzFeed, 2025年10月)。数字は嘘をつかない。2026年5月、米国で行われた解雇通知のうち40%近くがAIを主因として挙げた(Challenger, Gray & Christmas, 2026年6月)。
そのAI企業たちが、6月25日に動いた。Anthropic、Amazon、Microsoft、OpenAI財団らが共同で「RAISE US」という非営利組織を設立し、$5億超を拠出した。雇用を壊している当事者が、雇用の修復役を名乗り出た。
- AIによる職の喪失リスクを感じているホワイトカラーワーカー
- 企業のAI導入戦略と人材政策を担うHR・経営層
- AI雇用問題への政策対応に関心のある研究者・学生
「仕事を壊した側が修復に乗り出す」:RAISE USとは何か
RAISE USは2026年6月25日に設立された非営利組織だ。共同議長はGina Raimondo元米商務長官(民主党)とEric Holcomb元インディアナ州知事(共和党)で、Raimondo自身がCEOを務める。意図的に超党派の顔で立ち上げた。
$5億を超える資金は以下から拠出されている。AI企業からはAmazon、Microsoft、Anthropic、OpenAI財団。金融・産業からはBank of America、Mastercard、IBM、AMD、Cisco、GM、UPS、Eli Lilly、Rockefeller財団も含まれる(Fortune, 2026年6月25日)。目標額は$10億。
アドバイザリーボードも異色の顔ぶれだ。共和党元下院議長Paul Ryan、投資家Stephen Schwarzman、AFL-CIO議長Liz Shuler、経済学者David Autor、Erik Brynjolfsson、Raj Chettyらが名を連ねる。右から左まで、財界から組合まで集めた構成は明らかに意図的だ。
注目すべき点が一つある。Policy Lab(政策実験部門)への企業からの寄付は明示的に切り離されている。「企業が政策の方向性を金でコントロールする」という批判を先回りした設計だ(AllWork.Space, 2026年6月)。
プログラムの中身:何をするのか
RAISE USは抽象的なスローガンではなく、具体的な試験プログラムを動かす。最初のパイロット州は赤も青も混ぜた4州(アーカンソー、コネチカット、メリーランド、ユタ)だ。
プログラムの柱は5つある。
- 賃金保険:転職後の収入が前職を下回る場合、一定期間補填する制度。「給与が落ちるから動けない」という貧困の罠を防ぐ。
- 短時間勤務補償:解雇の代わりに勤務時間を削減し、削減分の収入を補填。AI移行期を乗り越える時間を与える。
- 社内再訓練と配置転換:従業員を外部に放出せず、同じ会社内で役割を変える。Amazonは自社の取り組みを拡大する形でRAISE USに参加した。
- 企業内見習いプログラム:新しい職種への移行を実践を通じて支援。
- キャリアナビゲーション:何を学べばいいか分からない労働者への個別支援。
驚くべきはスタッフ規模だ。現時点でRAISE USを動かすのはわずか約15人のスタッフとコンサルタントだ。$5億という金額と15人というギャップは後述の「規模の問題」に直結する(The Stack Technology, 2026年6月)。
AI雇用破壊の現在地:2026年の数字
Raimondoが「米国には人の戦略がない」と言った背景には、急速に変わりつつある現実がある。
解雇追跡機関Challenger, Gray & Christmasによると、2026年1〜5月の5ヶ月間でAIを解雇理由として挙げた通知は87,714件。2025年通年比で60%増だ。2026年5月単月では、全解雇通知の約40%がAIを主因と記載した。2025年1月時点でこの割合はわずか7%だった(CNBC, 2026年6月)。
世界全体での見通しも厳しい。世界経済フォーラムは2030年までに9,200万人が職を失い、1億7,000万人の新職が生まれると予測する(WEF Future of Jobs Report 2025)。差し引きで+7,800万人の「ネットプラス」だが、消える仕事と生まれる仕事が同じ人に当てはまるとは限らない。マッキンゼーの予測では2030年までに最大3億7,500万人が影響を受ける(McKinsey Global Institute, 2025年)。
SHRMの2026年調査によると、米国の雇用の15.1%にあたる2,320万人分の業務がすでに50%以上自動化されている(SHRM, 2026年)。2026年末までに労働者をAIで削減する計画を持つ経営者は37%に上る(McKinsey 2026年調査)。
体験談は一人ではない。グラフィックデザイナーのReddit投稿(2026年2月)にはこうある。「上司が毎日、なぜAIでやらないんだと聞いてきた。AIを使わないことが問題だと言われ、次の会社全体のリストラリストに入れられた」(BuzzFeed, 2026年2月)。eラーニング向けの音声ナレーターだった人物も2025年秋に書いている。「AIがeラーニングナレーションの収入を完全に砕いた。来るとは分かっていた。でも仕事が本当に干上がった」(BuzzFeed, 2025年10月)。
ただし「AI解雇」の実態には注意が必要だ。Harvard Business Reviewは「AI導入の可能性を理由に解雇する企業が多く、実際のAI置き換えは後から付いてくる」と指摘した(HBR, 2026年1月)。AIウォッシング(財務的な理由の解雇をAIのせいにするケース)も混在する。
$5億で何人救えるか:規模の限界
厳しい計算をしてみよう。世界経済フォーラムの予測通り2030年までに9,200万人の雇用が失われるなら、RAISE USの$10億目標を9,200万で割ると1人あたり約$10だ。再訓練に$10はもちろん足りない。
Raimondo自身、過去の再訓練プログラムが「非効率だった」と認めている(The Next Web, 2026年6月)。歴史的に、政府主導や企業主導の再訓練は成功率が低い。スキルが変わっても、需要のある場所へのマッチングが機能しないことが多い。
スタッフ15人で「最初の24ヶ月に数千人」というのが現実的な目標だとすれば、直接の受益者規模はごく限定的だ。RAISE USはモデルケースとデータを作り、政府や他の民間企業が同様の取り組みを拡大する際のテンプレートを提供する、という役割を想定しているとみられる。
もう一つの批判がある。The Registerの報道によれば、RAISE USの設立発表は「企業のインセンティブは語っているが、労働者の権利については一切触れていない」(The Register, 2026年6月26日)。組合(AFL-CIO)がアドバイザリーに入っているが、意思決定権は持っていない。
一方、より構造的な批判もある。「再訓練は、訓練先の仕事が存在することを前提としている。その前提が崩れたら意味がない」。この問題を「リスキリング神話」と呼ぶ批評家は多い。AIに関連するスキルの「賞味期限」は平均2.5年という推計もある。訓練を終えた頃には、そのスキル自体がAIに置き換えられている可能性がある。RAISE USがこの構造的問題にどう答えるかは、まだ示されていない。
AnthropicのJack Clarkが語った「本音」
Anthropicからは共同創業者であるJack Clark(Head of Public Benefit)がRAISE USへのコミットメントについて声明を出した。
「AIは予測困難な形で経済を変えていく。RAISE USはその影響をナビゲートするために必要なインフラの一部を構築し、AIの恩恵を活かしつつ混乱に対処するためのツールを与えてくれる」(Axios, 2026年6月25日)。
「予測困難」という言葉が印象的だ。Anthropicの経営陣は雇用への影響を軽く見ているわけでも、過小評価しているわけでもない。Anthropicが2026年3月に発表した自社のデータ分析では、プログラマーのタスクの75%はすでにAIが担っていると示されていた。
Dario Amodei CEOも2025年に「エントリーレベルのホワイトカラー職の50%がAIに置き換えられ、若い専門職の失業率が10〜20%に達する可能性がある」と警告した(Axios, 2025年5月)。その同じ会社が今、失業した労働者の再訓練に資金を出す。自己矛盾ではなく、Raimondoが言う「義務」の自覚と読むのが妥当だろう。
日本への影響:構造的な「逆説」の中で
米国の議論を日本に当てはめると、構造的な違いが際立つ。日本の生産年齢人口はピークの1995年(8,700万人)から2025年には7,300万人に減少しており、毎年約60万人ずつ縮小している(OECD, 2025年11月)。AIは「仕事を奪う脅威」より「人手不足を補う救世主」として語られることが多い。
現実はより複雑だ。2026年3月、東京の中規模法律事務所がジュニアアソシエイトの3分の1を契約レビューや法的調査担当から外した。AIが同じ業務をより速く、より正確にこなすようになったためだ(East Asia Forum, 2026年6月)。みずほフィナンシャルグループは2026年2月、AIによって10年間で最大5,000人相当の業務を削減すると発表した。約15,000人いる事務職員の3分の1が担当業務を変えることになる。ただし解雇は予定しておらず、顧客対応など他の役割へシフトさせる方針だ(日本経済新聞/Nikkei, 2026年2月)。
事務・データ入力職の自動化代替確率は85〜98%と推定される(AI Japan Index, 2026年)。2026年の新卒採用意欲は5年ぶりに50%を下回った。AIがエントリーレベルのタスクを吸収していることの反映だ。
日本の雇用者は解雇より社内配置転換を好む構造があり、大規模な「AI解雇」は起きにくい。だがそれは問題が小さいことを意味しない。仕事が形を変えることへの対応を、企業も個人も迫られている。RAISE USのような取り組みが米国でモデルを検証することは、日本の政策立案者や企業が参照できる先例となる。問題は、そのモデルが機能するかどうかだ。それはRAISE USがこれから証明しなければならない。
- 設立: 2026年6月25日
- 調達済み: $5億超(目標$10億)
- アンカーパートナー: Amazon、Microsoft、Anthropic、OpenAI財団、Bank of America
- 総参加組織数: 26社以上
- パイロット州: アーカンソー、コネチカット、メリーランド、ユタ
- 対象: 約5,000万人の脆弱な米国労働者
- URL: raiseus.ai
AIが仕事に与える影響をデータで把握したい方は、Anthropicの実データ分析を解説した記事も参照されたい。プログラマーや事務職への具体的な影響が数字でわかる。
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免責事項: 本記事は公開情報をもとに作成しています。RAISE USの活動成果は未確定であり、掲載した数値や予測は各調査機関・報道機関の時点での推計値です。投資判断、就職・転職判断などは個人の責任において行ってください。