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元OpenAI CTOの初モデル「Inkling」|「最強ではない」と認めた逆張り戦略

「新しい米国産ナンバーワンのオープンモデルだ。ただし、エージェント系ではGLM 5.2に、マルチモーダルではKimi K2.6に一歩及ばない。それでも超エキサイティングな一手だ」。元HuggingFaceの研究者ネイサン・ランバートは2026年7月15日、X(旧Twitter)にそう投稿した(X @natolambert, 2026年7月15日)。

一方で、批判的な声も上がった。「1兆パラメータのモデルがこの程度の数値しか出せないのはなぜだ。サイズだけは凄いが、中身が伴っていない」という辛口の評価も一定数流れた。これが、Mira MuratiのThinking Machines Labが公開した初モデル「Inkling」への初日の反応だった。

元OpenAIのCTOが率いるスタートアップが初めて世に出したモデルは、自ら「現在利用可能な最強のモデルではない(オープンでも、クローズドでも)」と宣言するものだった。通常、モデル発表では「業界最高水準」を主張するものだが、Thinking Machines Labはその逆を行った。この逆張りの裏に、何があるのか。

この記事はこんな人におすすめ
  • オープンウェイトモデルの選定・評価を担当しているエンジニアやMLエンジニア
  • DeepSeekやLlamaなど中国産・Meta産以外の選択肢を探している企業のCTO・IT部門
  • Mira Muratiの戦略的判断とOpenAI退職後の動向に関心を持つAI業界ウォッチャー

OpenAI CTOを辞めた後の1年半:混乱と再起動

2024年9月、Mira MuratiはOpenAIのCTOを突然辞任した。「自分自身の探求をしたい」とだけ述べた声明は意図的に最小限の内容で、詳細は語られなかった。そして2025年2月、元OpenAI社員を中核に「Thinking Machines Lab(TML)」を設立。アンドリーセン・ホロウィッツ、Nvidia、AMDなどから20億ドルの資金調達を完了し、評価額は120億ドルに達した(TechCrunch, 2025年7月)。

ただし創業後の道のりは順風満帆ではなかった。Fortuneの報道によると、2026年1月、共同創業者のバレット・ゾップ(元OpenAI VP of Research)が「倫理的問題」を理由に解雇されたとされ、翌日OpenAIへの復帰が発表された。同時期にルーク・メッツも離脱。4月にはMetaが創業エンジニア5人を引き抜いた。また、500〜600億ドル規模の評価額での追加資金調達交渉も成立しなかったと伝えられた(Fortune, 2026年1月16日)。

混乱を経てTMLは立て直しを図る。新CTOにPyTorchの共同創始者・元Meta研究員のスミス・チンタラを迎え、Googleとのコンピュート契約でNvidia GB300チップへのアクセスを確保。2026年7月15日、設立から約1年半でInklingを公開した。

当初は秘密主義で知られていた同社だが、Muratiが目指したのは「一つのモデルがすべてを解決する」という方向性とは真逆の哲学だ。TechCrunchのインタビューでMuratiはこう語っている。「現在のAIモデルは均一すぎる。私たちは企業ごとの用途に特化したモデルを作れる基盤を提供したい」(TechCrunch, 2026年7月15日)。

Inklingの技術仕様:975Bパラメータ、41B稼働のMoEモデル

Inklingは「Mixture of Experts(MoE)」と呼ばれるアーキテクチャを採用している。総パラメータ数は9750億(975B)だが、1回の推論で実際に使われるのはそのうち約410億(41B)のみ。巨大なモデルを高速かつ安価に動かすための設計だ(Thinking Machines Lab公式ブログ, 2026年7月15日)。

主な仕様は以下の通りだ。

  • 総パラメータ: 975B(稼働時41B)
  • 学習データ: 45兆トークン(テキスト・画像・音声・動画)
  • コンテキスト長: 最大100万トークン
  • ライセンス: Apache 2.0(商用利用・改変・再配布すべて自由)
  • 提供形態: Hugging Face、Databricksマーケットプレイス、API
  • 付随モデル: Inkling-Small(総パラメータ276B・稼働時12B)

マルチモーダル対応(テキスト・画像・音声をネイティブで処理)は、Inklingの大きな特徴の一つだ。現状、動画理解はAPIでは未提供だが、今後の展開が予告されている。

ベンチマーク:米国勢トップ、中国勢には劣勢

人工知能分析プラットフォームのArtificial Analysisは「Inklingは現在、米国産オープンウェイトモデルの中で最高水準」と評価した(Artificial Analysis, 2026年7月)。Artificial Analysis Intelligence Index(0〜100の指数)でのスコアは41で、米国勢2位のNvidiaのNemotron 3 Ultra(38)を3ポイント上回った。

ただし、DeepSeek V4 Proなど中国産オープンモデルとの比較では差がある。

ベンチマークInklingDeepSeek V4 ProClaude Fable 5(参考)
SWE-bench Verified(コーディング)77.6%80.6%95.0%
AIME 2026(数学)97.1%96.7%
SimpleQA(事実性)43.9%

一方で、指示追従(IFBench)の79.8%は、Thinking Machines Lab社の発表ではClaude Fable 5やGPT-5.6 Solを含むクローズドモデルを上回るとされている(BenchLM.ai, 2026年7月)。「言われた通りに動く」という点では、有力な選択肢の一つになり得る。

SimpleQAの43.9%は目立って低い数値だ。Gemini 3.1 Proの77.3%と比べると33ポイント以上の開きがある。Thinking Machines LabはSimpleQAの訓練データを意図的に除外した設計選択だとしているが、一般的な事実確認タスクでは弱さが残る(The Decoder, 2026年7月15日)。

「検閲なし」「知らないと言える」。Inklingが掲げる「認識論(Epistemics)」

Inklingの最大の差別化点の一つが、「認識論(Epistemics)」と呼ばれる設計方針だ。Thinking Machines Labはモデルを「精度の高い校正(calibration)」「指示への忠実な追従」「検閲への非従順」の三つで鍛えた。

「検閲への非従順」とは、政治的・社会的にセンシティブとされる話題であっても、直接答える能力を持たせることを意味する。Cognitionが独立評価した「Propaganda and Censorship Eval」では、Inklingが「検閲非準拠の強いパターン」を示したと報告された(VentureBeat, 2026年7月15日)。

「精度の高い校正」とは、自信がないときに「わからない」と答える能力だ。モデルが正解する可能性が高いときだけ答えることで、不必要なハルシネーションを減らす。InfoWorldは「医療・法律・金融など、誤答が危険なドメインでの展開に適した設計」と評価している(InfoWorld, 2026年7月15日)。

「Tinker」プラットフォームと企業向け戦略

Inklingは単体のモデルではなく、「Tinker」と呼ばれるファインチューニングプラットフォームとセットで設計されている。Tinkerを使えば、企業は自社データでInklingを微調整し、専用モデルを構築できる。

Thinking Machines Labが想定する収益モデルはこの構造にあると見られる。Inklingそのものは無料で公開し、Tinkerを通じた企業向けカスタマイズサービスで収益を得る形だ。Databricksとのパートナーシップも、この戦略の一環だ(Databricks Blog, 2026年7月)。

VPCやオンプレミス環境での展開を重視している点も、企業向けの色合いを強調する。閉域網内でモデルを動かしたい金融・医療・政府系の顧客に訴求しやすい。

光と影:Inklingを使う前に知っておくべきこと

評価できる点:

  1. 完全オープン(Apache 2.0): MetaのLlamaライセンスのような月間アクティブユーザー数上限や競合制限がなく、商用製品への組み込みが柔軟だ(ライセンス条件の詳細は法務部門への確認を推奨する)。
  2. 米国産オープンウェイトのトップ: 一部の組織では中国政府との関係が懸念される中国産モデルよりも採用しやすいと指摘する声がある。
  3. 正直な不確かさ: 「知らない」と答えるモデルは、業務用途では信頼性を高める。

慎重になるべき点:

  1. ハルシネーション率の高さ: The Decoderの分析では63%のハルシネーション率が報告されており、一般知識ベースでは他の主要モデルより高い傾向がある(The Decoder, 2026年7月16日)。
  2. 中国モデルに追いついていない: DeepSeek V4 ProやGLM 5.2は多くのベンチマークでInklingを超えている。コスト面でも中国産モデルが優位な場合がある。
  3. Forbesからの批判: 「MuratiはOpenAIの機密を知っている。彼女の新しいAIは、中国のアプローチを好んでいるように見える」とForbesは批判的に報じた(Forbes, 2026年7月15日)。Inklingのアーキテクチャがデザイン面でDeepSeek-V3を参考にしている点や、中国のAIモデル「Kimi K2.5」の合成データを学習に使っていることがその根拠として挙げられている。

Hacker Newsのスレッド(440ポイント超、100件以上のコメント)では、「KimiK2.7より良いという話があるが、実際に試してみないとわからない」という声や、逆に「これはプレスリリース以上のものではない」という懐疑的な意見も見られた(Hacker News, 2026年7月15日)。日本語環境での利用については、QiitaのユーザーtakaYayoiがDatabricks経由で検証し「日本語・コーディング・画像入力のいずれも問題なく動作した」と報告している(Qiita, 2026年7月16日)。

Nvidiaの主席研究員レオン・ダーチンスキーは「確かなU.S.産オープンモデル。1Mトークンコンテキストとトークン効率が実際の優位点」と評している(VentureBeat, 2026年7月15日)。

Inklingの入手方法
  • Hugging Face: thinkingmachines/Inkling(Apache 2.0、無料)
  • Databricks Marketplace: 企業向けに提供中
  • Inkling-Small: より軽量なthinkingmachines/Inkling-Small(稼働時12Bパラメータ)
  • NVFP4量子化版: thinkingmachines/Inkling-NVFP4(Nvidia GPU向け高速推論)
  • ローカル実行: llama.cpp または Unsloth のドキュメントを参照

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DeepSeek V4 Pro、Meta Llama 4、そして今回のInklingと、オープンウェイトモデルの競争は激化している。各モデルの詳細比較は関連記事で確認できる。

GPT-5.6とFable 5の比較を見る

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本記事の数値・引用は各リンク先の報道・公式発表に基づく。記載内容は執筆時点(2026年7月17日)のものであり、情報は随時更新される可能性がある。Inkling発表から日が浅く、独立した第三者による広範なベンチマーク検証は現時点では限られている。ライセンス条件の解釈や投資・採用判断は、自社の法務・技術部門による評価を経ること。本記事の内容は投資助言・法的助言を意図するものではない。

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